でも、今これを書いておかないと
前に進めない気がするので、あえて書きますね。
こうすることで、自分の気持ちを整理できるので。
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母がホスピスに入院した、その当日
担当のベテラン看護師さんからアドバイスをもらいました。
「あなたが何をしてあげても、どんなに手を尽くしても
これからやってくるお別れの時には、必ず後悔するからね。」
実際まったくその通りだったので、
あらかじめ心構えさせてくれた看護師さんにはとても感謝しています。
それ以来、家族を亡くした方には私も同じことを言うのですけれど。
そのことは十分すぎるほど分っているのですけれど。
でも、チャーリーとの別れには、
悔やんでも悔やんでも、悔やみきれないことがあります。
なぜなら、チャーリーが息を引き取った時、
私は一緒にいなかったからです。

お通夜の翌日、ゆうさんとモナカくんとでお別れをしに行きました。
その前2晩は頻繁な下痢が続いていて、
私は昼も夜もずっと世話をしていました。
そのせいで、とても疲れていて
精神的にもイラつき始めていて
ここで少し休ませてもらおうと思ったのです。
幸い下痢も治まってきたし
その朝は2日ぶりに食べ物を口にしたし
あとは食べられるようになれば大丈夫だと。
朝になったらもっと回復しているだろうと。

亡くなる先日の、社長の記録です。”Diarrehea”とあるのは下痢。
そう信じ込んでいた・・・・・・というか
信じたかったのかもしれません。
今、冷静に考えると、あの時のチャーリーは
決して回復しつつあったのではなく
むしろ、危険な状態に向かっていたように思うのですが
きっと私の精神状態が少しおかしかったんでしょう。
それまでは絶対しなかったのに
その晩はサークルに入れて、
「おやすみ、また明日ね」と挨拶して
自分だけ寝室に行ってしまいました。
サークルごと寝室に持って行くこともできたのに。
目覚ましをかけて、様子を見に来ることもできたのに。
そんな簡単なこともせずに、ベッドでぐっすり眠ってしまいました。

小さな身体で、こんなにたくさんの薬を飲んでいた社長。
気がついたら朝。
あわててサークルに駆け寄ると
チャーリーはもう、冷たくなっていました。
どうしてもう少し起きていてあげなかったんだろう。
どうしてもっと早く目を覚まさなかったんだろう。
どうして治ると思ってしまったんだろう。
どうして最期の瞬間、そばにいてあげなかったんだろう・・・。
日本を離れてこんな遠くまでやってきて
ひとりぼっちの最期を迎えたチャーリーが可哀想で可哀想で
申し訳なくて、ただただ謝ることしかできませんでした。
一番苦しんでいたのはチャーリーなのに
たった2晩寝ていないだけで眠いとか疲れたなどと言い
ほんの一瞬でも「めんどくさい」と思ってしまった自分は
サークルに閉じこめて、自分だけベッドで休んでいた私は
いったいなんて冷たい人間なんだろうと、許すことができません。

今は両親の遺灰の前で、たくさんのお花に囲まれています。
この話をすると、日本人もニュージーランド人もみんな
「チャーリーはあなたが寝るのを待っていたんだ」と言います。
そうなのかもしれないし、そう思いたいです。
でも、そう思うことで救われようとするのは
やっぱり身勝手のような気がしてなりません。
・・・わかってるんですけどね。
きっと誰もが同じような後悔に苦しむのだと思います。
ただ、どうしてもこの気持ちを吐き出しておきたくて。
だけど。
チャーリーは最後の最後まで気高くて強くて
それはそれはカッコよく去っていきました。
その話は次回。
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